なにすてた? #04 デザイナー 石川愛子さん | 後編 ピン止めしない人生
後編 ピン止めしない人生
「なにすてた?」第4回目は、グラフィックデザイナーの石川愛子さんです。
石川さんはデザイナーでありながら、手相を読む「てよみ」や、ネコ型のクッキーを製作販売する「デジネコクッキー」の活動をされています。
石川さんのブログには「内臓レジャー」という不思議なタイトルとともに、「私は1日3食食べるのを完全にやめた」と記されていました。
さらに2021年1月には、長年住んでいた東京・目黒から神奈川・辻堂へお引っ越し。
自分にとってのちょうどよさを見つけた石川さん。
中編「わたしの心地よさはどこに?」につづき、新居にお邪魔してお話を伺いました。
◆ひとりの時間、ひととの時間
ーいろいろ手放してみて、いま大事にしていることはありますか?
いちばん安らぐのは、人気のない海でぼんやりする時間ですかね。
海の近くに越してきて、週に何回か、家から海まで30分ほど散歩する習慣もできました。
海は毎日表情が違うし、波はずっと止まらない。
それこそ人間がコントロールできない世界。見ていても全然飽きなくて、安心しますね。
夏は散歩途中にビールを買って、海を眺めながら飲むのが最高のひととき(笑)
あと、モヤモヤすることがあった時は裸足になってみるんです。
そうすると砂が嫌な感情を吸い取ってくれるような感覚になって…。
コロナ禍で閉塞感があった時も、「放電!」みたいな自分を解放する時間に救われました。
それから、あらためて人とつながる時間も大事だなって。
自己完結しないように気をつけるようになりました。
基本的に在宅仕事で自分本位の生活なので、ノーストレス。
だからこそ、社会とのつながりや折り合いをつけるのも必要だなと感じたんです。
いまは週1回くらいですが、カフェのキッチンで働かせてもらってます。
ケーキ作りを教えてもらったり、色々な境遇のスタッフの人たちと接することでも、新しい世界が広がって面白いんです。
周りに人がいることで分かる違和感や共感から、自分のことがより浮かび上がってくる感じもします。
それで、周りの人にもわたしの存在を面白がってもらえたらうれしいなあと…。
◆好きなことを全部
ー存在と言えば、ずっと気になっていた石川さんご自身のこと。
グラフィックデザイナーの傍ら、どうして手相を読む「てよみ」やクッキー制作の活動を始められたのですか?
自分の中では自然とこうなったのですが、周りから見たらちょっと不思議ですよね。
どちらも両親の仕事の影響です。母は算命学が専門の占い愛好家、父は洋菓子製作の仕事をしていたので…。
小さい頃から母とテレビを見ながら、有名人の顔相を話題にしたりするような家庭に育ったので、手相を読むのも自然と母から教わりました。
思春期の頃は、占いで人を判断しちゃいけないと思って、封印したりもしていたんですが。
大人になってある時、知人の手相を読んでみたら、すごく喜んでくれて…。
それがうれしかったのが「てよみ」の活動のきっかけですね。
クッキー作りは、父の仕事の手伝いが好きだったのが、はじまりですかね。
型を抜いたあとの余ったクッキー生地がもったいない。そう子どもながらに思っていたんです。
そのことを思い出して、パズルのように生地無駄の出ないネコ型クッキーを考えて、作ってみたらそれも友人が面白がってくれた。
小さい頃から自分の考えや思いを話すのが苦手だったんですが、「てよみ」のように手を見ながらなら楽に話せる。
それに誰かに褒められると、調子に乗ってやりたくなっちゃうタイプ。
わたしにとって手相もクッキーも、誰かとつながるためのコミュニケーションツールなんだと思います。
ーこれからはどんな風に過ごしていきたいですか?
いまはデザインの仕事が中心ですが、自分の中の比重はどんどん変わっていて、デザインだけじゃなくていいんだと最近は思っています。
「てよみ」とクッキーの製作も、もっと深めていけたらと模索中です。
あれこれ自分のできることを真摯にやって、それらをかき集めて1人前になれればいいかなって。
コロナ禍で色々もがいたりもしましたが、わたし1人生きていくのに大層なものはいらないって気づいたんです。
社会的にちゃんとするとか、プライドを持つとかも、わたしには向いていなかった。
誰かの基準に見合うところに「自分を置くこと」を頑張ってやっていたけれど、それも難しかった。
薄々わかっていたことがハッキリとして、自分の内側に中心を戻したら、はぁ〜やっぱり楽だな〜って。
紙の本はやっぱり好き。以前はクローゼットにいっぱいだった本も、いまはこの本棚に入る量だけに。
最近は重いものや沢山ものがあると、自分がピン止めされて、固定されたようにも感じるんです。
だから、自分で持ち上げられない重たいものや、責任が取れないものは、もうなるべく持たないようにしたいなと。
住む場所も考え方も、自分で自分を縛りつけないで、いい風が吹いたらいつでもひょいっと乗れるように、身軽でいたいって思うんです。
◆自分にあった靴で
ーインタビューを終えて
仕事柄、ひとの足元を見ることが多くあります。
見ていると、足に合わない靴を履いている人が、世の中には沢山いるなと感じます。
今回お話を伺って、石川さんは「いまの自分の足の形」を、あらためて丁寧に観察し直したんだと思いました。
どんなに良い靴だと言われても、他人には合っていたとしても、自分の足に合わない靴はどこか窮屈だし、歩いているうちにしんどくなる。
だから石川さんは、それまであったほとんど全ての靴を捨てた。
誰かが選んだ靴ではなくて、いまの自分に合う靴をイチから揃えていくことにして。
そうして、足がよろこぶ靴を手に入れて、心地よい一歩を踏み出したのだと感じました。
石川さんのお話で印象的だったのが、「“こうでなければいけない”って、思い込んでいたことがあったけれど、自分に向いていないことを、ずっとする必要はないよね。無理するのが悪いことではなくて、そういう時期があってもいいけれど。」という言葉でした。
ずっとどこか我慢しながら履いていた自分には合わない靴。
そろそろ脱ぎ捨てるときが、それぞれに来ているんじゃないでしょうか。
海からの帰り道、軽やかな足取りの石川さんを横目に、そんなことを思いながら帰路につきました。
プロフィール 石川愛子さん
神奈川県出身。グラフィックデザイナー。
雑誌や書籍など、本のデザイン・制作を主軸に現在は活動。
また占い愛好家の母のもと、幼い頃より占いに親しみ、手相を読む「てよみ」の活動を不定期で行ったり、「デジネコクッキー」の名で、クッキーの製作販売を手がけている。
instagram: てよみ:@ai_tym 、デジネコクッキー @digi_neko
番外編「占いとわたし」へ続く