なにすてた? #06 uraraka 高橋千草さん | 中編「ないもの」と「あるもの」

「なにすてた?」第6回目は、uraraka店主 高橋千草さんです。

urarakaは、2020年4月に群馬県桐生市にオープンした、暮らしに寄り添う道具や衣服を扱うセレクトショップ。
来る人にとって、晴れやかな気持ちになれる、穏やかな場所でありたい。
そんな思いをこめて、urarakaと名付けたのだそう。
お店の名前を表すように、朗らかでゆったりとした雰囲気をまとう千草さん。

ようやくお店をオープンさせたものの、時はコロナ禍。
「前編 探しつづけてた 」につづき、お店でお話を伺いました。

中編 「ないもの」と「あるもの」

◆ないものばかり探してた

ー urarakaは基本的に千草さんが1人で切り盛りされていますが、店主としてお店を始めてみて、いかがでしたか?

始めたばかりの頃は、コロナ禍もあって、オープンしても誰もこない日が続きました。
広いお店にたった1人でいて、向き合うものが自分しかなかったので、落ち込むことが多かったですね。
「こんな、人の来ないお店なんて、無意味だな‥」って…。

いまってSNSで簡単に、他の人の生活やお店のなかも見えるじゃないですか。
見なきゃいいのに、時間があるから見てしまって、余計に落ち込む、みたいな日々でした。


思えば、当時は自分にはないものを得て、取り込まなくちゃ…って考えていたんですよね。
人のいいところを見ては、自分にはないって。
対比して劣等感ばっかりで。

実際の目は、「あるもの」にフォーカスしますよね。
「あるもの」しか見えないのに。
でも、こころの目は、「自分には、あれもない。これもない」って…。
「ないもの」ばかりに、焦点を当てていたんですよね。


そうしたら、現実が絶望的に思えてしまって。
なにを食べても美味しくないし、楽しくないし。
しまいには娘たちもかわいいと思えなかったり。
なにをしても幸せに感じられなくて、1人落ち込んでばかりでした。

そのうち、自分の存在価値が1mmも見出せない、鬱のような状態が来て。
2・3ヶ月周期で、良くなったり、落ち込んだりを繰り返して、その度に「良くならなくちゃ」と思っていましたね。

当時は、布団から起き上がれない日もあって、お店があるからなんとかギリギリ保っていたように思います。 

◆あるものでやるしかない

― そんな苦しい日々から、どうやって穏やかにいられるようになったのですか?

ようやく最近になってですけど。
ある意味、開き直れるようになって…。

それこそ、「良くならなきゃ」とか「良く在ろう」とすることを辞めたんです。

夫からは常々、「良いとか悪いとかどうでもいいの。
目の前のことを、ただ1つ1つやっていくだけ。」と言われていたんです。
3年ほど経って、やっとその意味に気付けましたね。

良い状態でいることが、正しくて良いこと。
落ち込むこと、やる気が出ないことは、悪いこと。
そんな風に白黒や○×で決めないで、良いも悪いもどっちも自分。
これでもいいって、「受け入れる」選択肢が生まれたというか。

空模様だって変わりますよね。
雨の日もあれば、晴れの日もあって、嵐の日もある。
以前は、晴れているのが良い、って思っていたんですけど。
毎日晴れているのも、それはそれで不自然ですよね。


曇りや雨が降るから、晴れの日がきもち良いと感じられる。
雨音にホッとすることもあったり、大雨の時は気づけないことに気づいたり、感謝できたり。
自分の感情の波も、それでいいんだなって。

ー なにか考えが変わったきっかけはあったのですか?

大きなきっかけがあったわけではないのですが。
お店を始めて3年近く経って、少しずつ実感できることが、増えてきたからかもしれません。

インスタを楽しみにしてくださる方がいることを、微かに感じられたり。
お店に来てくださるお客さんとも、通じあえたとか共感できたとか。
わたしがやったことで、一緒に喜べたり。
そんな出来事が増えていって、多少urarakaや自分が役に立っているかもって、対話の中で思えたり。


自分のお店を開いたことで、経験が少しずつ積み重なって、良くも悪くも、自分でやったことの結果が出てくる。
大変なこともあるけれど、urarakaは自分の手でひとつひとつ環境を築いていけたんですよね。

だから、人のせいにもしない。
自分ですべてを引き受けられるようになったからかもしれません。

「ないもの」ばかり求めていましたけど、自分の中に「あるもの」しか出せない。
そんな風にも思えたんです。


後編「積み重ねた先に」へ続く(4月上旬公開予定)